前回までのあらすじ
魔王が倒れ、混乱に包まれる魔王城。その一方で、王都アストリアでは祝祭ムードに沸き返っていた──
今回は、もうひとりの主人公・ヨルの視点で物語が動き出します。
前話

本編 それでも冒険者は、今日も依頼を受ける
ギルドの依頼を終えて王都アストリアに帰ってきたヨルは、いつもとは違う賑やかさに気づいた。石畳の道には笑い声や歓声が響き、陽光が反射する白い城壁を一層輝かせていた。空気には甘い花の香りが漂い、人々の楽しげな声が風に乗って耳に届く。
”魔王が討ち取られたらしい”

周りの会話に耳を傾けると賑やかさの理由がわかった。人々はその知らせに心から喜び合い、至る所で祝福の声が上がっていた。

めでたいことではあるが、俺にとってはしゃぐことではないな
お祝いムードのため、王都アストリアの通りは人で溢れ、歩きづらさに苛立ちを感じた。
人混みをかき分けながら進む中で、肩がぶつかり合い、歓声が耳障りに響く。ヨルは眉を顰めつつ、ギルドへと足を運んだ。ようやく目的地にたどり着き、木製の扉を押し開けると、そこもまたお祝いムードで賑わっていた。陽気な笑い声がギルドの空間に満ち、酒の香りと共に活気が感じられた。
ヨルは楽しそうにしている人々に迷惑をかけないよう、ギルドの受付嬢カナの前へと歩み寄った。



お疲れ様です、ヨルさん
カナが笑顔で声をかける。



魔王が倒されたらしいね。王都はなかなか良い雰囲気だ。まぁ、人混みはちょっと苦手だから、俺にとってこのお祭り騒ぎはきついが



それは申し訳ないです。ところでヨルさんは魔王が誰に討ち取られたのかご存じですか?
カナが笑顔で尋ねた。ヨルはその質問が妙に感じた。



えっと、魔王を倒したのって勇者じゃないの?
カナは少し困った表情を浮かべて答えた。



ヨルさんも知りませんでしたか。まだ確定ではないですが、どうやら勇者様が魔王を倒したわけじゃないみたいなんですよね
その言葉にヨルは眉を顰めた。



勇者以外で魔王を倒したとなると誰になるんだ?それに、人類で勇者以外に魔王に勝てるやつなんているのか?
カナは顎に手を添えて少し考えるそぶりを見せた後、口を開いた。



世界は広いですからね。どのような場所に強い人物がいるか分かりません
カナは笑顔を浮かべ、ヨルの方を見つめる。その瞳には、ヨルの強さに対する期待が含まれていた。



ところで、今日ギルドにきたのは別に魔王が倒されたお祝いをしに来たわけじゃないんだ
ヨルは話題を変えるように、手にしているバッグからギルドの依頼書の紙と、バッグからドラゴンの爪を6個、目玉を4個、鱗を10個机に並べた。



前から思っていましたがヨルさんのバッグは、長期の旅には向かないと思うんですが



そうか?俺は結構気に入っているんだがな
ヨルは自分のバッグを見る。鉄製の黒色のバッグでかなり頑丈だ。





いえ、満足しているのなら大丈夫です。差し出がましいことを言ってしまい申し訳ございません



別に気にしていない。今回の依頼のアイテムの確認をお願いする
ヨルは机の上に並べたドラゴンとの戦利品を指し示した。



はい、ありがとうございます。今回の依頼ですね。アイテムを確認いたしますので、少しお待ちください
カナはアイテムをカゴに入れ、眼鏡をかける。彼女の手元で、ドラゴンの爪や鱗がカゴの中でカチリと音を立てた。
ヨルは、カナがアイテムを確認する間、周囲のお祝いムードを感じながらのんびりと待っていた。酒の香りが漂い、賑やかな笑い声と歓声が耳に響く。彼の心にはほんの少しの安らぎが訪れた。



確認終了しました。特に問題ございません
カナはメガネを外し、笑顔を浮かべた。



ではこちら今回の依頼の報酬になります
カナはカウンターの引き出しから金貨3枚取り出し、ヨルに手渡した。金貨が手のひらに乗ると、その冷たい感触が心地よく伝わってくる。



金貨3枚。うん、確かに受け取った。ありがとう。……ところで、また今回のようなドラゴンに関する依頼はないのか?
ヨルが金貨を鉄のバッグにしまいながら尋ねると、カナは1枚の依頼書を取り出しヨルに渡す。



ドラゴンの依頼ならちゃんと取ってありますよ。ヨルさんが戻ってきた時に渡そうと思っていたものです
用意がいいな、とヨルは微笑み、依頼書の内容を確認する。紙の質感が指先に伝わり、インクの匂いがほのかに漂ってくる。



ファラクス山か。結構遠いな。往復の道の時間なども考えると1ヶ月くらいはかかるな



どうしますか?
カナはヨルの答えを知っているかのような自信に満ちた笑顔で尋ねた。その笑顔に、ヨルも自然と口角を上げる。



もちろん受ける。ドラゴンの依頼を用意してくれていてありがとう
ヨルは立ち上がった。すぐにでも依頼に行くつもりのようで、その意気込みが伝わってくる。カナは慌てて口を開いた。



ヨルさんは王都のお祭りには参加しないんですか?
人々の笑い声や音楽が聞こえ、祭りの賑わいを感じさせる中、ヨルは迷うことなく振り返って答えた。



人混みは苦手だからな。じゃ、依頼に行ってくるよ
カナは、そのヨルの返答に笑みをこぼしながらも、”仕方ありませんね”と言った様子でため息を漏らした。
そして彼女は立ち上がり、頭を下げた。



お気をつけて行ってください。帰りをお待ちしております
ヨルはカナに軽く手を振り、ギルドの木製の扉を開けて外に出た。
あとがき
フレッド視点とは違った空気感を楽しんでもらえたら嬉しいです!
ヨルは表情が少ないけど、カナとのやりとりでは少し人間味が出るよう意識しました。
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